だいたい中山道 ~復習編~ [旅の足跡]
前回、何気なく出かけた中山道を辿る旅。
一応、出かける前に軽く調べてから行ったのですが、
その後、中山道にまつわる本などを読んでみると、いろいろなことがわかったので、ここでちょっとご紹介。
まずは、宿場。
わたしは宿場とは、単に、”街道沿いの栄えた町”、だと思っていたのですが、そうではなくて、どうも幕府認定の町だったらしいのです。街道を旅する人々やその荷物を運ぶために、各宿場には、運搬用の人馬を用意しておくことが義務付けられるというシステムだったらしいのです。で、二次認定みたいな”間の宿”とか、大名行列などが通る時など人馬が足りなくなったときに、宿場へ人馬を一時的に用立てる”助郷”なんて制度もあったみたいです。そんな仕組みになっていたなんて、全然知りませんでした。
追分。
軽井沢にある追分宿。単なるあの辺りの地名だと思っていたのですが、実は追分とは道が分かれるところを示すようで、軽井沢にある追分は、北国街道と中山道の分岐点にあたるわけです。東海道でも、東海道と伊勢街道の分岐の追分などがあるそうです。そういえば、倉賀野宿のあたりにも、中山道と日光例幣使街道との分岐があって、結構大きな常夜燈があった気がするけど、あの辺りも追分という地名だったりしたのだろうか。
秋葉街道。
中山道とはあまり関係ないけど、東海道を通る人々や伊勢参りする人たちが、その途中で秋葉神社にお参りすることがあったみたいです。この秋葉神社は、火伏せの神様を祭っているそうです。昔の人がそんなにお参りした秋葉神社、行ってみたくなりました。
木曽路はすべて山の中である。
島崎藤村の「夜明け前」で有名な一文だと思いますが、これは貝原益軒の「木曽路之記」からの引用なんだとか。この一文は、バイク雑誌とかで馬籠や妻籠が特集されると大概引用しているので耳にしたことはあったんですが、「夜明け前」自体は読んだことないんですよね。今度、読んでみようかと思います。
いろいろ調べてみると、また中山道の旅に出てもいいかな、と思うようになりました。こうした知識を持ったうえで、また旅をすると、以前とは違った視点での旅が楽しめる気がします。
参考文献)
宿場と街道-五街道入門-、児玉幸多、東京美術、1986
のんびりひたすら「江戸五街道」、佐藤清、株式会社エスジーエヌ、2002
一応、出かける前に軽く調べてから行ったのですが、
その後、中山道にまつわる本などを読んでみると、いろいろなことがわかったので、ここでちょっとご紹介。
まずは、宿場。
わたしは宿場とは、単に、”街道沿いの栄えた町”、だと思っていたのですが、そうではなくて、どうも幕府認定の町だったらしいのです。街道を旅する人々やその荷物を運ぶために、各宿場には、運搬用の人馬を用意しておくことが義務付けられるというシステムだったらしいのです。で、二次認定みたいな”間の宿”とか、大名行列などが通る時など人馬が足りなくなったときに、宿場へ人馬を一時的に用立てる”助郷”なんて制度もあったみたいです。そんな仕組みになっていたなんて、全然知りませんでした。
追分。
軽井沢にある追分宿。単なるあの辺りの地名だと思っていたのですが、実は追分とは道が分かれるところを示すようで、軽井沢にある追分は、北国街道と中山道の分岐点にあたるわけです。東海道でも、東海道と伊勢街道の分岐の追分などがあるそうです。そういえば、倉賀野宿のあたりにも、中山道と日光例幣使街道との分岐があって、結構大きな常夜燈があった気がするけど、あの辺りも追分という地名だったりしたのだろうか。
秋葉街道。
中山道とはあまり関係ないけど、東海道を通る人々や伊勢参りする人たちが、その途中で秋葉神社にお参りすることがあったみたいです。この秋葉神社は、火伏せの神様を祭っているそうです。昔の人がそんなにお参りした秋葉神社、行ってみたくなりました。
木曽路はすべて山の中である。
島崎藤村の「夜明け前」で有名な一文だと思いますが、これは貝原益軒の「木曽路之記」からの引用なんだとか。この一文は、バイク雑誌とかで馬籠や妻籠が特集されると大概引用しているので耳にしたことはあったんですが、「夜明け前」自体は読んだことないんですよね。今度、読んでみようかと思います。
いろいろ調べてみると、また中山道の旅に出てもいいかな、と思うようになりました。こうした知識を持ったうえで、また旅をすると、以前とは違った視点での旅が楽しめる気がします。
参考文献)
宿場と街道-五街道入門-、児玉幸多、東京美術、1986
のんびりひたすら「江戸五街道」、佐藤清、株式会社エスジーエヌ、2002
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